DOGS AND BOOKS

人生は犬と一緒に歩いて身近な自然にかくれた秘密を探す旅。とくに犬に学ぶ旅は終わりのないライフワーク。

私の前に道はない

こんにちは。

2020年から2022年にかけて,このブログをあまり更新しなかった時期がありました。

が,その間も,気が向いたときだけですがnoteに文章を書いていました。

 

noteならなぜか書けたんですね。理由はわかりません。

 

最近,noteやブログに分散している文章を少しずつ,どちらかにまとめられないかなと思い始めました。

そんなわけで,今日は2021年1月にnoteに書いた記事をこちらに少しブラッシュアップしてあげてみます。

 

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2021年春に訪ねたノーザンホースパークでの写真

 

ここから2021年のnoteの記事・・・

うっすらと日が暮れ始める頃,いい年して深雪の公園広場の中をずぼずぼと太ももまで埋まりながら歩いて来た。もちろんテルモも一緒だ。

文字通り、私の前に道はなく、振り返ると暮れかけた青みがかった雪原には私があけた深さ70㎝くらいの足形の穴が点々と続くのみ。

ああ高村光太郎のリアル「道程」だなあと思った。

ところが、例の超有名な2行以外知らない。ほかはどうなっているか知りたくなって読んでみた。詩の一部を引用してみる。

(前略)
支離滅裂な
又むざんな此の光景を見て
誰がこれを
生命の道と信ずるだろう
それだのに
やっぱり此が生命に導く道だった
そして僕は此処まで来てしまった
此のさんたんたる自分の道を見て
僕は自然の広大ないつくしみに涙を流すのだ
あのやくざに見えた道の中から
生命の意味をはっきりと見せてくれたのは自然だ
僕を引き廻しては眼をはじき
もう此処と思うところで
さめよ、さめよと叫んだのは自然だ
(後略)

 

クレイジーな雪中散歩から帰って「道程」を読んだとき
雪に足をとられてずぼずぼと大穴あけて歩いていたつい今しがたの滑稽な自分と「道程」の高尚なる一節が畏れ多くも不思議と合致してしまった。

こんな神聖な青白い雪景色の中にいる小さくて滑稽な自分は本当は次のようなことを考えていたんだった。

すっぽり埋まった足をよっこらせっと引き抜き、はあはあと汗かきながらちまちま前に進んでいる自分は端から見たらきっと変人だ。けど間違いなく今自分は生きている。他人から変人扱いされることなんかどうでも良い。無事にこの雪を漕いでちゃんと除雪された公道まで渡り切る。いまいちばん大切なことはそれだけ。

 

薄暗くなった深雪の広場をずぼずぼ歩かなかったら、高村光太郎先生の詞の一節なんて頭に浮かばなかった。

今まで一度も真剣に読んだことのない一節の記憶をふいに再生させたこの自然どうなのよ?それだけでなく「道程」の初出オリジナル全文を読むに至らしめた自然ってどんだけ?

それってやっぱり尊敬に値する。

自然万歳。

 

noteからの転載ここまで…

 

2年前も今も,汗をかきかきずぼずぼ埋まりながら歩いている変人の私です。

今日も読んでくださってありがとうございます。